1711020 川股 翔太
本研究が行われた2020年は新型コロナウイルスの世界的流行によって人々の行動が大きく変化した。2020年4月には政府より緊急事態宣言が発出され、外出自粛の要請によって多くの人が集まるイベントが軒並み中止となる異例の事態となった。2020年5月末の緊急事態宣言解除以降、徐々に制限緩和の兆しが見えつつあるものの、札幌国際芸術祭やさっぽろ雪まつりの現地開催が中止となるなど、新型コロナウイルス流行以前のような状況には未だ戻っていない状況である。
前例の無い状況の中、新たなイベントの開催方法を模索する動きが加速した。中でも「バーチャル渋谷」を初めとするバーチャルリアリティを利用したコンテンツが多く配信された。
本研究では3Dやバーチャルリアリティの専門知識やコーディングが不要なバーチャル展示用Webアプリを制作する。本研究では、現地での展示会開催が困難な状況でも、誰もが自身の作品の展示会を開催し、誰もがさまざまな作品に触れることができる環境を提供することを目的とする。
2020年には新型コロナウイルスの流行に対応するため、様々なイベントがバーチャルリアリティを用いて行われた。主な事例として、国立科学博物館の「かはくVR」と渋谷5Gエンターテイメントプロジェクトの「バーチャル渋谷」、そして、クラスター株式会社のバーチャルSNS「cluster」という3つの事例を取り上げる。
「かはくVR」は、国立科学博物館内の展示ルームを360度撮影することで制作されており、自宅からでも展示を楽しめるというコンテンツである(図1)。
図1 かはくVR「日本館」のページ
「バーチャル渋谷」は、渋谷区を代表するスクランブル交差点周辺がバーチャル空間上に再現されており、ユーザーはアバターを用いてバーチャル空間上を自由に動き回ることができるというコンテンツである。2020年10月末には渋谷で有名なハロウィーンイベントがバーチャル渋谷でも行われた。
「cluster」は、ユーザーがあらかじめ用意されたバーチャル空間またはゲームエンジン「Unity」と、専用の開発キット「Cluster Creator Kit」を用いて作成したオリジナルのバーチャル空間で、イベントを開催することができるというサービスである。「cluster」を用いて開催されたイベントに参加するためには専用のソフトウェアやアプリをインストールする必要がある(図2)。
図2 iPad版「cluster」専用アプリ画面
「かはくVR」のようにブラウザのみで体験可能なコンテンツもあるが、多くはバーチャルリアリティ体験に専用のソフトウェアやアプリを必要としている。ユーザー自身の手によってバーチャル空間やバーチャルイベントを作成、開催することができるサービスがある一方、プリセットとして用意されているバーチャル空間は、展示会場として利用するには不向きである。バーチャルSNS「cluster」では卒業展示が行われた例もあるが、オリジナルのバーチャル空間として作成されている。作品の展示に適した環境を構築するためにはUnityというソフトウェアの知識が必要である。
Wexibisionは「Unity」を初めとする専門ソフトウェアや「WebGL」や「Three.js」といったバーチャルリアリティに関連する専門知識が無くても、画像をアップロードするだけでバーチャル展示が行えるWebアプリケーションである。通常「A-Frame」でWebVRコンテンツを作成する際に必要となるコーディングも不要であるため、画像を用意できるユーザーであれば誰でもバーチャル展示コンテンツを制作できる。 ユーザーが操作できる項目は展示会場の名前や作品情報の入力フォームのみとなっており、Wexibision内には難解な専門用語は一切含まれていない。クリックやドラッグ、タップなどPCやスマートフォンの基本的な操作が行えるユーザーならば理解できるような簡素なインターフェースとなるように努めた(図3)。
図3 Wexibisionのアップロード用ページ
Wexibisionの動作には特別なアプリは必要無く、一般的なブラウザのみでバーチャルリアリティ体験をすることができる。OSやハードウェアの制限も無いため、通常のWebサイトを閲覧する感覚で手軽にバーチャル鑑賞を行うことができる(図4)。 Wexibisionのターゲットユーザーは何らかの理由により展示会を開催することができない人」である。
図4 Wexibisionのバーチャル展示ルーム
Wexibisionは、経済的な理由や2020年の新型コロナウイルス流行のような社会的な理由などで展示会が開催できないような場合、オンライン上で展示会を開催することができる。また、Webページにただ画像を貼り付けるだけではなく、額に入れた作品を壁に飾った状態で見て欲しいという要求に応えることができる。
本研究では「ユーザー自身が作品をアップロードし、アップロードされた作品をバーチャル空間に表示する」という基本となる機能のみを実装した。将来的に「作品を鑑賞する人と作品を展示する人を繋ぐコミュニケーションツール」としての活用を考えていることから、ユーザーのログイン機能や、複数のユーザーによる同時ログイン機能、アバター機能など必要な機能がある。また、セキュリティ面の課題や同時に多数のユーザーがサーバーに接続した際の安定性など本研究では触れていない点がいくつかある。このような課題を解決し、必要な機能を実装することでボタンをクリックするだけで簡単に利用でき、アプリのインストールが不要なバーチャル展示プラットフォームとして活用できる可能性がある。