1911020 織田 健太郎
サッカーチームのエンブレムは、盾、円、楕円といった形を基本に、チームを表現するモチーフやチームを意味する文字、華々しい装飾などで構成された複雑且つ個性的なデザインのものが一般的であった。しかし近年急速にデジタル化が進み、小さな画面上でデザインを目にする機会が増えたことにより、これらのエンブレムデザインにも変化が見られるようになった。
イタリア・トリノにあるプロサッカーチーム「ユヴェントスFC」では、2017年にエンブレムの大幅なデザイン変更が発表された(図1)。トリノを象徴する牡牛など、チームのアイデンティティに基づいたモチーフを多くあしらった楕円形のエンブレムから、ユヴェントス(JUVENTUS)の頭文字である「J」を1色で表現したものへと変更された。デザイン要素を減らしたシンプルなものに変わったように感じられる。
図1 ユヴェントスFCが発表したエンブレム変更
画面上で見やすいビジュアルとなり、どこか現代感も感じさせるデザイン変更であったが、インターネット上での評価は賛否両論であった。
このように、現代のサッカー・エンブレムは様々な要素が求められている。しかしながら、エンブレムデザインの大幅な変更はサポーターにすんなりと受け入れられるものではないという側面もある。これらを踏まえ本研究では、現代におけるサッカー・エンブレムデザインの在り方について考察するとともに、サポーターに受け入れられるデザインの要素を明らかにすることを目的とする。
本研究では、はじめに研究テーマにまつわる文献や事例について調査を行う。また同時に、事前調査として既存のエンブレムに対するアンケート調査を行い、好まれるエンブレムデザインの傾向を探る。次に複数のエンブレムを制作し、それらについて検証を行う。検証結果と事前調査の傾向を照らし合わせて、現代におけるエンブレムデザインの適切なバランスを探っていく。
まず、類語である「エンブレム」と「ロゴマーク」について述べる。それぞれの言葉の背景や歴史を踏まえた上で、本研究では「エンブレム」を「国や組織などの象徴を視覚的にデザインしたもの」、「ロゴマーク」を「企業や商品などのイメージを印象づけるため、ロゴタイプと標章などを合わせて図案化したもの」と定義する。これらを踏まえた上で本研究では「エンブレム」について研究を進める。
次に、既存のエンブレムに関して調査を行なった。まず、日本のプロサッカーリーグであるJリーグに所属する58チームのエンブレムについて調べた(調査①)。Jリーグのエンブレムは、2色~9色で構成されており、特に3、4色の組み合わせから成るものが多かった。また、チームカラーはほとんどのチームのエンブレムに含まれていた。
調査①より、これらのエンブレムには「縁取りがされている」、「文字や言葉が含まれている」、「エンブレムのシルエットが左右対称である」などの共通項が存在することがわかった。また、チームのアイデンティティを表現するものとしてチームの象徴や地域の風土・特色などがモチーフとして取り入れられていた。
次に、ユヴェントスFCが所属するイタリアのプロサッカーリーグ「セリエA」の20チームのエンブレムを用いて調査した(調査②)。チーム名を伏せた20個のエンブレムを提示し、最も好みであるものと、最も好みではないものの2つを選んでもらった。それぞれ選んだものについて、5つの評価項目で5段階の印象評価を行なった。項目は「単純−複雑」、「地味−派手」、「現代的−古典的」、「力強い−弱々しい」、「格好良い−格好悪い」である。
調査②の結果、特に「単純−複雑」、「現代的−古典的」の項目がエンブレムの好みに影響していると考えられた。特に、単純過ぎるものは「好みではない」として選ばれる傾向にあった。
また、プロサッカーチームのサポーターを対象に「自分が応援するチームのエンブレムデザインにおいて重要視する要素」についてアンケート調査を行なった(調査③)。調査③の結果、サポーターが最もエンブレムデザインに求める要素は「クラブの歴史や地域のアイデンティティを表現したデザイン」であることがわかった。
事前調査で得られた結果を参考に、架空のプロサッカーチーム「FCクレノーレ新浜」のエンブレムを制作した。「単純−複雑」、「現代的−古典的」、「アイデンティティ」の要素を5段階に分けた5つのデザイン案を制作した。
図2 制作した5つのエンブレム
検証では、「単純−複雑」、「現代的−古典的」、「アイデンティティを感じられるか」について5段階の印象評価を行なった。また、最もデザイン要素を多く含めてデザインした1番の案をFCクレノーレ新浜の従来のエンブレムとして、新たなエンブレムデザインとしてどの案が相応しいかを選んでもらい、選んだ理由についても記述してもらった(選択肢には1番のデザインも「従来のものから変更しない」として含めた)。単純すぎず、画面上での見づらさがないようにデザインし、且つ地域のアイデンティティをデザイン要素として含めた3番、4番のデザイン案が選ばれることが狙いであった。なお、回答者には調査対象が架空チームのエンブレムであり、そのチームの概要について十分な説明を行なった上で、そのチームのサポーターであるという視点で回答してもらった。
結果として、事前の想定通り最も「FCクレノーレ新浜のエンブレムに相応しい」として票を集めたのは3番のデザイン案であった。印象評価においても、評価の平均値は「単純−複雑」の中間ほどであり、クラブや地域のアイデンティティは程よく感じられるという評価であった。また、3番を選んだ理由として、「現代的かつホームタウンの特色を捉えているから」、「既存のエンブレムの特徴をある程度残しつつ、分かりやすい形になっているから」などの意見が挙がっていた。
最後に、事前調査と制作・検証を踏まえた結論を述べる。エンブレムデザインでは、単純過ぎるものは「クラブ・地域のアイデンティティ」を全く感じられず、サポーターからも好まれることはないといえる。画面上で見やすいようシンプルで要素の少ないデザインにしつつも、チームの特色を表す要素を1つは残し、アイデンティティをしっかりと表現することが、現代におけるサッカー・エンブレムデザインの在り方であると筆者は考える。